Message / 代表挨拶

INSTYLE GROUP 代表
INSTYLE Inc. 代表取締役 CEO
西村 豪庸
HIDENOBU NISHIMURA
中央大学 法学部卒。大学在学中の19歳の時に飲食店を開業し、一度店をたたんだ後、デイトレードで得た5億円の利益を投じて飲食業界に再帰。23歳でソムリエ試験合格、多業態の直営47店舗のほか、プロデュース、ファンド等の投資店舗も含めて110店舗まで拡大した後、それらをすべて売却。その頃から経営コンサルタントとしての活動が本格化。2008年INSTYLE Inc.をスタート。経営コンサルタントとして、世界各国のエアラインやクレジットカード会社、大手飲料メーカーや有名ファッションブランドなどをクライアントに持ち、代表を務めるインスタイルグループは、コンサルティング、飲食、アパレル、エンターテイメントなど、多業種の企業で構成されている。
 2023.06.11
INSTYLE GROUP MISSION ・VISION ・ VALUE

1.

五月初旬に、
軽井沢で数日を過ごしていた時のこと。
軽井沢駅前に前回来た時にはなかった、
新しい店舗がオープンしていたので
立ち寄った。

「このジャケットを買うな」

の広告で有名な企業である、
パタゴニアの新店舗だ。

前月に「ビジョンは必要なのか?」
公式にHP掲載しておきながら、
グループのミッションやビジョンについて
考えていたことも手伝ってか、
「社員をサーフィンに行かせよう」と
「レスポンシブル・カンパニー」の
2冊が飾られているのが目に入った。

店舗に入ったものの、
特段買いたいもの
が見つからなかったことも手伝い、
僕はその2冊を自分への土産にと
ばかりに、レジに持って行った。

すると、カウンター向こうの彼は、
僕に合計金額を伝えた後、
軽井沢店限定のステッカーと、
パタゴニアの公式ガイドブックを
添えて、
申し訳なさそうにではなく
(悪いことだと言いたいわけではない。
彼がそうなってもおかしくないような
行動だということだ)
むしろ誇らしげに、

「あ、ウチはゴミ削減と環境保護の観点
から、ショッパーないんで、どうぞ!」

そう言って、前述の4点
(本2冊、ステッカー、ガイドブック)
を、
そのまま裸で僕に差し出した。

「はーい」

努めて、わかっていた、問題ない、
という反応を取り繕いながら、
それでも我ながら歯切れの悪い返事と
共に商品群を受け取り、
そのまま店を出て、駅からそこそこ
離れたところに停めた車に向かう
二十分の道すがら、
僕は気を抜くと
手から滑り落ちそうになる、
公式ガイド
ブックとステッカーと本ニ冊を、
落とさないように握って歩くという
小さなストレスへのため息と共に、

「あー、この会社、
確かにこういう会社だったわー、、、」

と、軽めの愚痴を吐き出しながら、
同時にこれがビジョナリーカンパニー
だよなあ、と思っていた。

 

もちろん、パタゴニアと同社の創業者、
イヴォン・シュイナードが地球環境の
変化を憂いていることも、
売上の1%
を寄付する団体を作ったりして、
自らもそうしていたりすることは
知っていた。

けれど、
この体験を通じて、改めて
「いいことを沢山していること」
よりも、
「普通の企業が当たり前に
していることをやらないこと」
の方がビジョンを体現できるな、
と改めて思った。
(だいたい、ガイドブックとステッカーを
合計した方が、
ショッパーよりよほど
使用する紙の量は多いはずなのだ)

このことは少しのストレスと共に、
僕の中に深く刻まれ、
何とかしてこういった、
「普通の企業が当たり前に
していることをやらないこと」
を通じて、
自分達らしさを体現できないか?

なんだったら
お客さんが少し困った顔をしながら、
「ああ、こいつら
こういう会社だったもんな、やれやれ」
と思ってくれるようなものを探したい。
有り体に言って、ビジョンと、
それを自分達らしく表現出来るものを
作ろう、
と改めて思えた瞬間だった。

 

僕は元々、
「本音と建前」みたいなものが嫌で、
自分の会社にはビジョンが無かった。
「オワコン」になんてなりたくなかった
から、
終わるくらいなら、
流行りたくも始まりたくもなかった。
「ビジョナリー・カンパニー」に掲載
されている企業が、
その後必ずしも
繁栄していないことも知っていた。

でも、人も会社も、いつかは死ぬから、
ゴーイング・コンサーンと
ミッション・コンプリートの
バランスの中で、
やっぱり
自分で終わりを決めようと思った。

大抵の場合、
個人は死に方が選べないが、
法人は死に方が選べる。
ゴーイング・コンサーンと言う名の
不老不死を目指すタイプではないから、
ミッション・コンプリートで
清々しく死のう。
それが、ビジョンを制定しようと
思った、もう一つの側面だった。

 

思えば、
ミッション、ビジョン、バリューの順
だとして
(世の中には
ビジョン・ミッション・バリュー派と、
ミッション・ビジョン・バリュー派が
居る。
こういうところも、ビジョン
やらが嫌いだったところの一つ)
僕は割と「ハウスルール」や日々の
メッセージ等で、一番下のレイヤー
である、
「バリュー(日々どう行動
するのか、といった行動規範の
ようなもの)」は、
折に触れて
共有してきたつもりだ。

けれど、
「タスク労働」的に、
「これさえ達成出来れば、
何やったっていいんだよ」
とみんなに言ってやれるようにと、
時間や場所から自由な働き方を
提案すればするほど、

「これさえ」という、
ある意味で「タスク」に相当する部分、
「ビジョン」が要るなと思い始めた。

つまり、
「◯ ◯ ◯ ◯ってビジョン実現のため
だったら、何をしたっていいよ」
 
と言えるものが要るな、と思った自分に
気づいてしまったのだ。

   

そこからは改めて本を読んだ。

元々、
ビジョンを制定しよう、策定しようと
27年間の起業家・企業家人生の中で、
一度も思わなかったわけじゃあ、
もちろんないから、
100や200の
ビジョンに関する本は読んでいた
けど、もう一度数十冊を読み直し、
その中から

・世界のエリートは
なぜ美意識を鍛えるのか
・仕事ができるということ
・ビジョンとともに働くということ

の3冊を選び抜き、
「僕の考えていること、
これからのこの会社・グループが
向かうところがわかりやすくなる本」
として社員への読書リストの序盤に
割り込ませた。

それが5月の終わりのことで、
八月の新オフィスへの引越しを通じて、
グループが再編されようとしている
過渡期において、
変革の最終フェーズを
迎えている時のことだった。

  


 2.

三冊の中にも
何度か、色々な表現で登場するが、
(というか
山口さんの本には結構登場する)
「役に立つ」と「意味がある」の
2軸による話がある。

例えば車でいうと、
役には立つが意味のないものに
トヨタや日産、
役に立つし意味のあるものに
BMWやベンツが、
役に立たないが意味があるものに
フェラーリやランボルギーニが並んだ、
以下のようなマトリックスが
描かれている。

トヨタや日産は人や物を運ぶ、という
スペック、問題解決、という
「役に立つ」市場で戦い、
100〜300万円が主な価格帯となる。

ベンツやBMWは役に立つし、
意味も少しある、
という市場で戦うため、
(乗せられる人数や物の多さという
役立ち方に大した差はないが、
ブランド価値、ストーリーが少しある)500~1000万円が主な価格帯となる。

フェラーリやランボルギーニは、
役には立たないが、
意味はある市場で戦うため、
(乗せられる人は多くの場合
1〜2人で、数百馬力と時速数百キロは、
何の役にも立ちそうにない)
4000万円~1億円程度が
主な価格帯になる。

つまり、
「(役に立たないが)意味のあるもの」
の方が高いのだ。

これに会社や人を当てはめていくと、
面白いものが見えてくる。

会社とは「利益を追求する社会的団体」
と書かれている辞書もあるくらい
なので、
グループトップとして、
投資家として、コンサルタントとして、
どんな視点から見たとしても、役に立つ
会社とは利益の出ている会社であろう。

だがどう考えても、
役に立たない(赤字の)会社がこのグループ
には存在する。

しかし、
ある会社や人は粛々と整理され、
他方でまるで会計がわかっていないかの
ような資金投入をされる会社や、
真実が見えていないのでは?
と思うように
時間を投資される人間がいる。

ここを説明するのにも、
やはり「意味」が「役に立つ」。

毎年のSUMMER MEETING、
X GAMES、AIR RACE、、、
赤字企業・事業
(SUMMER MEETINGや
社員旅行は事業ですらないが)は
枚挙に暇が無い。
しかし、みな著しく「僕っぽい」と
思ってもらえるはずだ。

恐ろしく「意味がある」からだ。

それがこのグループの「ストーリー」で
「コピーできない競争力」で、
「意味を持っている」ことを、
多かれ少なかれ、
みんなが知ってくれているはずで、
逆に、これを理解できないと、
グループの、僕の価値観への理解が
進まないので、
グループでの仕事を
難しくさせてしまうと思う
要素の一つだ。

(元々、本を改めて読む前から
「好き嫌いと独断と偏見」という
言い方で、
僕なりの価値観や美意識、
投資・人事評価は伝えてはいるが)

だから、左下の役立たないし
(赤字で)意味もない、会社は
粛々と整理されていくから、
この例では
マトリックスの上を目指すか
右を目指すかをするしかない。
どちらもできなければ、それは当然に、
整理対象になるからだ。

一方で、
右下の最たる例がSUMMER MEETINGや
旅行、X GAMES、AIR RACE、
そしてBED j.w. FORDだ。

パリファッションウィーク、
通称パリコレクションで初参加にして
オンスケジュール(公式参加)を
勝ち取った彼らは、
BIRTHLYという法人として、
今すぐ売上と利益という観点で
グループの「役に立つ」ことは
難しい。

パリでショーを行うのに、数千万円の
経費がかかるからだ。

では、パリでショーを行わずに、
日本で何となく「今イケてるブランド」
として、
大きな赤字も出さないが、
BIRTHLYのみんなが
一応食えてるからいいか。
という、
(実際はそんなことはないけれど、
あえてわかりやすい表現をするが)
可もなく不可もなく、
毒にも薬にもならない、
そんな会社でいたらいいのだろうか?
それこそ、
そこに何の意味があるのだろう?

きっと無い。

だからこそ彼らには、
「君らはマトリックスの上、
(役に立つ・利益が出る)を目指す
べきではない」
と伝えている。
「その代わり、このグループで
一番右(意味がある)に居てくれ」
と言っている。

その問いに対する、
彼らと世界の答えの、初めの一つが、
今回のパリコレクション
オンスケジュールだと思う。

この答えを、僕は心から
応援しているし、みんなにも
祈っていてほしいと思っている。
仲間の成功を。

僕たちが祈らなくても、
彼らは成功する。
それでも、祈っていてほしい。

見えないところで、遠いどこかで、
自分を知っている誰かが、心から
成功を祈っていること、
それはきっと、彼らの力になるから。

そこに僕達が一緒にいる、
意味があるから。

 

3.

一緒にいる、といえば、他社がコピー
不可能な「ストーリー」として、
先日のX GAMESと集合写真がある。

みんなに同じ格好をさせたり、同じ方向
を向かせたり、そもそも写真嫌いの僕に
とって、
「集合写真」は、好き嫌いで
言うと「嫌い」の要素の多い、
苦手に分類される物の一つだ。
(みんなで同じことをできて、同じ格好
で同じ場所に集まれて嬉しかったという
声が多くてありがたくはあるが、基本的
には心配になることの方が多い)

そんな僕がユニフォームのようなもの
(記念グッズに近いんだが)を作って、
集合写真を撮った理由も、後述する
「グループであること」を体現
したかったのと
全員との時間を
共有したことを形にして残して
おきたかっただけでしかない。

ご存知の通り、
INSTYLE GROUPは特殊なグループだ。

そもそも
ホールディングスカンパニーのように、
子会社、親会社の関係ではないし、
大抵の会社の株式を僕は持っていない。

銀行員に「資本関係がない以上、
INSTYLE GROUPの定義ってなんなん
ですか?」と聞かれて、
「信頼関係と仲良しです」と答えて
苦笑いされるのはこの会社の常だ。
(だからINSTYLE GROUPに銀行借入は
ほとんどない。
必要ないからが半分、
もう半分は前述の理由で借入できない、
しづらいからだ。)

各社社長の自主独立を重んじ、自由裁量
によって運営されているせいか、
アメリカ合衆国のそれぞれの州の
ように、それぞれの会社は事業内容や
企業風土がかなり違う。

そのため、M&Aした会社の社員から、
「グループと言われても、あまりその
実感はない」と言われたこともある。

しかしそれでも
根底にはある程度醸成され、
共有された、文化があると思っている。
その文化はハウスルールや日々の
コミュニケーションを通じて醸成されて
きたものだが、
もう一段上にビジョンを
掲げることで、ある程度の理解が
なされるのではないかと思っている。

「私たちは違う船でやってきた。
しかし、いまは同じ船に乗っている。」

とキング牧師ことマーティン・
ルーサー・キング・Jrは言ったが、
今はこの言葉に、歴史の浅い、
移民国家の、でも開拓精神にあふれた
アメリカ合衆国に準えて、
(アメリカのダメなところを言うところ
じゃないので、こう書いているが、
僕はアメリカ万歳な人間ではない)
グループに向けての思いに
近いものを感じている。

  一方で、「寄せ集め」なことが否めない
側面も、このグループにはある。
僕がよく「原初の衝動」と呼ぶ、
「目的、レゾンデートル」を
なくした会社があるからだ。

創業者が離れ、
原初の衝動、目的を忘れたり、
なくしたりした会社は、
当然に
ビジョンを持たない。
そのため、
バリューが最上位の価値観となり、
ここに「延命のみが目的」となった
法人が誕生してしまう。

起業・企業投資の世界では、
成長も倒産もせず、
「ただ生きているだけ」の企業を表す、
リビングデッド(生ける屍)
なる言葉がある。
極論、赤字でもないが、
大した黒字でもない、上場やバイアウト
をできるわけでもない、
ただ延命しているだけ、のような
会社は、
世に多くあるし、
前述のように、残念ながら
グループにも何社かはある。

そもそも「インスタイル株式会社」自体
がおそらくそうだったのだと思う。


 創業者は僕ではないし、社長ですらない
(たしか、取締役だったはずだ)、
株式も持たないところからスタート
した。

2008年の春、あるレジェンドロック
バンドの復活プロジェクトを終わらせた
僕は、
次にPOPのレジェンドの復活
プロジェクトを担うために彼の3つの
個人会社の共同代表に就任し、
その後、
九段下にあるファンドが出資する会社
(インスタイル)にアーティストを所属
させ、
彼の抱えた問題を片付けるはず
だった。

インスタイルグループ各社の取引銀行が、
だいたい神保町支店なのは、
そういう理屈だ。
(インスタイル株式会社は最初、
九段下の千代田会館にあった)

しかし、
「ヒデが社長でも100%株主でもない会社
にアーティスト権利を預けたくないな」
と本人に言われ、
慌ててファンドから
株式を買い取り、他の役員を解任し、
僕が社長に就任した。
確か3日くらいで
取締役から社長になった。
だから、
実はインスタイル、という会社名自体、
僕が付けているわけではない。

「ヒデちゃん、
そういうとこにはこだわりのねえ人間
だとは思ってたけど、そこもかよ」
と友人にはよく笑われる。

ちなみに問題解決(ファンドからの資金
注入)がちょっと間に合わず、彼は逮捕
され、
僕はお茶の間デビューを果たす。

確か11月4日のことだったので、
数日前に28歳になったばかりの
僕が先頭を歩いている。

そこからまあ紆余曲折あって、
今に至るわけだが、
その時、ついてきてくれたのがOさん。

元々、アーティストの会社の、経理や
秘書や幾つかの会社の社長まで任されて
いたことで、
僕の部下になった彼女が、
インスタイルの第一号社員になった。

前述のように雇われ役員、雇われ社長
だったから、
一応ファンドのオーナー
にも確認したところ、
「前職のような高給は出せません」
と言われ、
彼女の初任給はほぼ半減の30万円で
オファーしなくちゃならなかった。

嫌だったけど、こちとら20億の借金を
連帯保証して、絶賛返済中の身なので、
「僕の分はいいから、
彼女の待遇を良くしてくれ」などと、
いくら言ったって意味がない。
毎月数千万、よくわからないところへ
よくわからない返済で
口座から金が消えるのだ。
同じ金額でオファーしたいなんて、
ただの僕のカッコつけでしかない。
正直に状況を伝えてお願いした。

その時の返事が、
「私は西村さんに
ついて行くって決めたので」
という言葉と泣き笑いだったから、
僕は彼女の給与を死んでも前以上に
しようと誓ったし、
苦労かけた以上に
幸せにしようと決めた。

グループの初任給、最低給与額
(グレード0)が30万円なのは、
この時のこの出来事によるもので、
彼女にオファーした以上の金額で
オファーしたくなかったからだ。
今はさすがにやめたが、そんな理由で
最初は、
どんなに優秀と言われる人にも
30万円でオファーしていた。
逆を返せば、どんなに低い給与でも、
上げようと思えば最終的には本人次第で
上げられるし、
彼女のような人を
30万円で採用できたんだから、という
思いがあった。

そして、
いつそう思ったかは忘れたが、
そんなに
遠い昔ではない気もするし、
もう
ずっと昔のような気もするある時に、
「経済的には多分、彼女のことを幸せに
できたな、ちゃんと」
と思えた時、
今思えば僕の中でインスタイル株式会社
を続ける理由は特段なくなっていた。

僕は彼女を幸せにするために会社を経営
してきていたし、大きくしてきた。

だから曲がりなりにも、
目的を一度果たしたことで、
「生きること・延命」のみが目的と
なってしまった会社が
出来上がってしまっていた。

かくしてこの会社は、原初の衝動を
無くし、リビングデッドになっていた。

「作家は処女作に向かって成熟する」と
言う言葉があるが、
INSTYLE GROUPの
処女作がインスタイル株式会社である
以上、
グループに目的を無くした、
原初の衝動を忘れた、生存のみを目的
とした、
リビングデッドが蔓延って
いても、それは仕方のないことなのかも
しれない。

なんのことはない、このグループは、
インスタイル株式会社という、
僕の書き上げた処女作に向かって、
成熟してしまっていただけなのだ。

4.

四十二にもなって、こうしてようやく
自覚した病に、たしか付ける薬は
無かったはずだが、
死ななきゃ治らんと
言われるこの病と症状を治すために死ぬ
わけにもいくまいと気を取り直して、
とはいえどうせ変わるなら今日が一番
若いわけだしと、無理やり己を鼓舞
しながら、
自縛していた自縄をせっせと
ほどき始めると、なんとか解決の糸口が
見えてくるような気がした。  

「無いもんじゃなく、あるもん数えろ」
「無理やりでいいからポジティブに
考えろ、ほっといたらネガティブになる
から」
と日頃うそぶく人間がこれでは
いかんと、なんとかこの重ねた年月
による恩恵を探すと、
積み重なった
ファミリー、メンバーとそのストーリー
しか出てこないことを知る。

だが、まあ十分ではないか。
結局は処女作に向かって、別の方向で
成熟するしかあるまいと気を取り直す。

彼女を幸せにしたいと思ったような
原初の衝動は悪いものではあるまいし、
彼女のように、社員皆を幸せにできれば
良いとは常日頃言っていたし、
その気持ちに未だ寸毫たりとも嘘は
ない。

人に投資をし、社長をつくり、
その会社や社長に祈りや想いを込めて
社名を贈ってきた。
株式は早晩、全部を社長に譲渡して
しまってきたから、
たいてい僕の手元
にはグループ各社の株はない。

まあ、字面で並べて冷静に省みて
見れば、そう悪くないではないか。
それこそ見方や好みの問題だ。

もちろん僕の人生と会社の遠回りに付き
合わされて、
迷惑を被った側はたまった
もんじゃないだろうが、
(おそらく随所に被害者の会が発足して
いるのだろうが、
それは見て見ぬふりが
できる程度には歳を重ねたのだ)
それでも無理やり前向きに考えれば
(反省は大いにしている)
お金も時間も、
後生大事に抱え込んでも、
使わなければ何の意味もなさないのだ。

命も時間も、同じようなものだ。

命はもちろん大切なものだが、ガソリン
のようなもので、
それ単体で意味をなす
ことは、実はあまりない。
ガソリンを使って、どこに行くかで
あって、それ単体に大した意味はない。

この話にも賛否両論あるだろうが、僕は
いわゆる「植物人間状態」になったら、
生きていたいとは思わない。

生きていれば回復する可能性が
あるなら、もちろんそれに向かって
ベストは尽くすが、
体をチューブだらけにされて、
「延命しているだけ」、に
なったとして、
その時傍らに
(ありえない仮定だが)今の僕が
いたら、
そっと生命維持装置の電源は
切ってしまうと思う。

周りが「あなたが生きていてくれる、
ただそれだけでいい」と感じることに
意味はあっても、
「僕が生きている、
ただそれだけに意味がある」と堂々と
言うのは自意識過剰というものだ。

人は好むと好まざるとに関わらず、
世界に迷惑を撒き散らかし、
存在するだけで何らかのコストを
世界に強いる存在なわけで、
その存在が堂々と
「生きているだけでいい」と言うのは
少し世界に対して厚かましい。

せめてなんらかの貢献をするために
成長して、
どこかでお返しをする存在に
なれると思いたいものではないか。

長い時間を使って、命を使って、
何を成し遂げたいか?
どこに辿り着きたいか?
例えば、100年後に何を残したいか?と
いうような、長い時間軸で自分や会社、
グループを俯瞰して見た時に、
「僕さ、Instagramや TikTok、Twitterの
フォロワーが、100万人いたんだぜ!」
というようなことは絶対にならないこと
だけはわかっていた。

ということは、僕は世界に何を、
自分が得た真実として残すんだろう?
そんなところから考えはじめた。

好き勝手に生きてはいるが、そこそこ
人様のご期待にもお応えする人生だった
せいか、
その作業は困難を極め、
「リクエストにお応えして作り上げた
ものじゃない、僕が世界に問いたい
何か」を
「作品として」捻り出すには、
それなりに時間がかかった。

例えていうなら、
ペイパルマフィアのような、
リクルートのような、文化や仲間、
それこそ、パタゴニアのような
ブランド、会社。
結局はそれが自身の「作品」であろう
ことはうっすらとわかってはいた。

端的に言って、
「このチームで勝ちたい」
そう思っていることはわかっていた。

だから「グループであること」を
自覚しやすいように
(もちろん、
色々と効率化するためにもだが)
「INSTYLE GROUP株式会社」を
作った。

今度は「最初から目的を持って、僕が
社長で、僕が作った、原初の衝動を
伴った会社」だ。

そこに人員、雇用、さまざまなリソース
を集約して、本当の意味で一つになろう
と思っている。
こうして、新オフィスの席次を決められる
かもしれないと、ようやく思えたのが
本当に最近の話だ。

そうして、グループの再編や、目的の
再定義をしながら、事業を推進し、
整理整頓と成長と達成と獲得を繰り
返していく中で、
目的やレゾンデートル
を無くしてしまった会社には、
グループ
としてのビジョンやミッション、
バリューを通じて、一つになることで、
グループとしての自覚や、
価値観の共有
がより生まれていくのではないか
と思っている。

それぞれの社長が、新しい目的や目的地
を生み出せたなら、
それは尚、良いこと
で、もし、会社としての目的を無くして
しまったままなら、
グループとして
一回り大きな枠で目的、目的地を
再定義することで、
まとまっていく、
ドライブしていく。

「インスタイルグループというスタイル」
が作品となり、
百年後にアートのよう
にスタイルを残す。

そういった目的地に到達するために
ガソリンを使うように、
辿り着きたい
所に行くために、お金を、時間を、
命を使う。
それが文字通り、「使命」であり、
つまりは「ミッション」なんであろうと
思った。

5.

六本木オフィスへの引越しを直前に
控えたタイミングで、
こうして
「INSTYLE GROUP株式会社」が
出来上がり、
ようやく、
この会社、グループにミッションや
ビジョンが生まれようとしていた。

僕は第二次創業期、という言葉があまり
好きではないが、
今回のこの行動は
それにあたるであろうと思っていた。

改めて、ミッションとビジョンを
発表し、
このビジョン実現に向けて
全力を尽くすチームが作りたい。
グループ再編、第二次創業期。

こんな手垢のついた擦られまくった表現
を使うのも恥ずかしいが、
言葉にすると
結局、そんな気持ちではある。
そして、こんなものは第三だの第四だの
と、
RPGのナンバリングタイトルの
ように積み重ねるものではないので、
ここで終わりにしようと思う。

INSTYLE GROUP最初で最後の
二次創業期で、変革期だ。
なんと言っても、起業してから27年間、
ビジョン否定派だった僕がビジョンを
標榜するのだ、
そのくらいのことは
言って差し支えあるまい。

   

ビジョンは、
「ハッピーエンド」にした。

   

僕はどうせ役立たずだから、せめて
意味ある会社をつくりたい。
そう思ったからだ。

デザインやサイエンスとスキル、
良し悪しではなく、
アートとセンスと
好き嫌いの世界で意味のある経営に
特化するために、
このビジョンにした。

働く意味のある会社を作り、意味のある
社員・社長とだけ過ごすために、この
ビジョンにした。

好きなやつと好きなように過ごすため
に、このビジョンにした。

「ハッピーエンドになれば、
なんでもいいよ」
正直に心からそう言える気がした。

「僕は彼、彼女を幸せにした。
彼、彼女は自分の力と努力、
僕の用意した環境とチャンスで、
立派に幸せになった」
それをどうお互い胸を張って言えるか
どうかだ。

この未来を目指してきたし、一部は
叶えてこれたと思う。

だからこのビジョンに、
どう共感を集められるかだ。
僕ならそのビジョン実現に向けて仲間に
なりたいと思えるか?という問いに
対して、
自分でYESと言えるものを作り
たかった。

僕を海賊王にしてくれなくて良いから、
(もしそれが全員の、一番の望みなら
僕は全力で海賊王を目指すけど)
各々の真のハッピーエンドに向けて、
助け合いながら艱難辛苦を乗り越える
チームであって欲しいと思った。

同時にこれは、グループを包括した、
横断的なビジョンでもあるので、
このビジョン実現に向けて、僕は
これから仕組みやルール、マナーを
制定し直していくつもりだ。

これに則ってさらに
フィロソフィーも書いている。
ミッション(起業率向上、女性の社会
進出やインクルージョンの促進、貧困の
解決)・
ビジョン(ハッピーエンド)・
バリュー(ハウスルールと
フィロソフィー)が本当の意味で
揃った時、
この会社、グループがどう
なっていくのか、
僕にもわからないが、
今から楽しみにしている。

ミッションもビジョンもなく、みんな
適当に幸せでいてくれたらいいよ、
なんて投げやりにも取れる経営で
ここまでこれたみんなだ。
きっと、とんでもないところまで
行けるに違いない。

結局幸せでいて欲しいってのを英語
(カタカナ)にしただけで、
大した違いはないじゃないか、と思う
かもしれないが、それは違う。

明確に、それぞれのビジョンや
ミッションを標榜し、そこに向かうか
向かわないかで、
合うか合わないかで、
共感できるかできないかで、意思決定
をしていくのだ。
同じ結果になるわけではない。
詳しくは、3冊の本を読んでみて
欲しい。

そして、六本木で一つところに
まとまった時に、
一つ、ミッション、
ビジョン、バリューと親和性の高い
施策を実行に移そうと思っている。

それは、
パタゴニアにショッパーがないように、
(そして不用意な相手に少しの面倒と
ストレスを与えるようなもので)
ミッション、ビジョンに沿ったものに
なると思えたもので、
最初は軽い気持ちで思いついたこの施策
も、時を重ねるごとに納得感が増して
いくので、
これ以上のものは今、
出せないのだろうと思ったので、
ここで伝えておくことにする。

新オフィスで、
それなりの規模に見える状態になる
からこそ、
(数人のベンチャーが
やっても大して面白くない)
ある程度のディスクローズをするから
こそ、INSTYLE GROUPは、
名刺から、
「肩書き」をなくそうと思う。

INSTYLE GROUPはベンチャー企業
(の集まり)だから、
ダブルロール、
トリプルロールはあたりまえだし、
社長率に至っては約35%、社長なんて
偉くも珍しくもなんともない。

元々僕も社長やら何やらの肩書きで
呼ばれたことはないし、
他も同じだと思う。
肩書きでしか判断できないようなやつと
付き合わなくていいし、
付き合いたくもない。
「INSTYLE GROUPの社長や部長や
専務」に会いたいって言われた時には
居ませんと答えたい。

全ての社員・社長に肩書きがないから、
逆に目の前の新卒に見えるこの人は
社長かもしれない、
そう思ったら、社員も下手な扱いを
されないんじゃないか?とも思った。

元々一般的に「経理」と書かれそうな
人間の肩書きを「秘書」にしている
理由も、
みんなに「社長」をはじめと
した偉そうな肩書きを付けてきた
理由も、
世間では肩書きで判断される事
が多いから、
大層な肩書きをつけて
しまえば大事にされるのではと
思ったからだ。
肩書きではなく、個人に
フォーカスして欲しかったから、
先に肩書きを良くしてきた。

そして、
そういった経営を続けてきた今、
肩書きがないと困るような奴は
幸いにして会社にいないし、
ある程度シンプルにフラットになるな、
とも思った。
「結局お前が頭であとは一緒だから、
ピラミッド型じゃなくて、鍋蓋型の組織
じゃん」
と言われたこともある。
社長の肩書きが邪魔、という社員も
社長も報われるだろう。

肩書きは関係ない、と言いながら
「いい肩書き」をつけるほうが、
肩書きに囚われている気がしたので、
本当の意味で、
「うちには肩書きはありません。
肩書きと上下関係ではなく、業務上・
書類上などでの、
『役割』や『順番』
の問題です」
と言い切れるのは
気持ちがいい気がした。

そう決めることでより、この
「INSTYLE GROUPという作品」を
作り上げようと思えた。

大川さんがいうように、
今、世界には自分を代弁する「作品」が
ない人間が多すぎて、
SNSを含めて
否定の数が多くなっている。

高度経済成長期における、
「正解を出すという作業」が仕事と
呼ばれた残滓を生きている人たちは、
楽しそうに仕事をしている人間を見ると
自己を否定された気になるらしく、
彼らは楽しそうに働く人を見ると、
ひどく落ち着かない。

多くの場合、日本では幼少期に気軽に
作品(自分)を否定されてきている
ので、
自己の作品を持たないまま成長
してしまう人が多い。

拙いクレヨンで描いた犬を
「いやー、これじゃあ猫だよ」と
否定されてきたように。

残念なことに、
所得や教育水準の低い家庭ほど、
指摘系のツッコミが溢れる民放の
バラエティ等に浸潤されてしまっている
ので、
何度作品を親に見せても、いつも
簡単に否定されてきている。
まず褒めない。けなす。茶化す。

その結果、
自分が何かを作って誰かに見せるという
行為の期待値は常にマイナスとして記憶
され、
評価時の落胆に負けず何度も
チャレンジしていこうと頑張った
場合も、遅かれ早かれ心が折れる。
評価者が雑で適当だから。
大人になれば、評価者のレベルや
無責任さを把握して「気にしない」
という対策があるが、
子供から見た
唯一の価値観である年長者から
そう言われてしまうと逃げ場がない。

こうして、たくさんの無駄な労力が
子供の記憶に厚く積もった頃、
最も楽に優位性を保ってるように見える
のが目の前の無神経な否定者なため、
いつの間にか子供もそちらの道を選ぶ
ことになり、
幼稚園や小学校で誰かが
作った作品をいかに短い単語で
disるかといった残念な道がはじまり、
それがウケたりするとその生き様が
強化される。

問題なのは、日本の教育のほとんどが、
指摘側の思考パターンを補強するもの
なのだ。

つまり、幼少期の創作物に対して、
構図、バランス、配色、使用する
画材など
具体的なアドバイスを添え
ながら改善できる人物がほぼいない。
美しさの構成要素を具体的に説明できて
寄り添える人もいない。

アーティストの子供がアーティストになり
やすいのは、身近に言語化の得意な
アーティストが親として存在したからで
あり、逆にいうと茶化す凡人が近所に
いなかったことが、
とても良好な環境を
作ったということができる。

そうして
なんらかのきっかけで美しいバランスや
善意に満ちた狂気を帯びた作品やらに
触れることで、
傑作の前で素直な態度
が取れるようになっていくのだが、
それは一部の運よく洗脳が解けた例に
すぎない。

これからアート文脈を生きる、
意味文脈を生きる、
我々はこのことを改めて知って
おかなければいけない。

単純に他人の作品をこき下ろすのは
民度が低い。

そうしてしまうのは、自分に作品がない
からだと知る必要がある。

だから、
文脈のある、ストーリーのある、
意味のある、アートを新オフィスには
飾ることにした。
本物に触れ、感性を磨き、自己の作品を
作る側にいられるように。

山口歴さんのアート(と美術館レベルの
照明や世界トップレベルだと自認する
内装)には、
「X GAMESで書いて
もらったから」以上の意味が
あってそうしている。

 6.

八月には新オフィスへの引越し
(お披露目パーティーは9月。こだわり
すぎて、家具が一部間に合わない笑)と、
きぬ川のオープン、
BED j.w.FORDの新店舗のオープン、
SUMMER MEETING、
と全て言ってしまえば「不要不急」で
大して役に立たない(利益に繋がら
ない)イベントが、
あいも変わらず
目白押しで並んでいる。

初めてのSUMMER MEETINGでも話した
が、
この世界のほとんどが、言って
みれば不要不急で、僕たちは特にその
世界で、
不要不急を生業として生きて
いる。

とみ田の鮨でなければ必須栄養素を摂取
できない人、PSCのパジャマでないと
寝られない人、
そんな人は存在しないし
(いてくれたら会社としては大いに
助かるが)、
AIR RACEがなくても、
XGAMESがなくても
(この調子で
グループにある全ての会社がなくなっても)、
世間じゃ誰も死にはしないのだ。
だから、言ってみればグループの全てが
不要不急なもので、
そんな
「エッセンシャルじゃないもの」だらけ
のグループだ。

けれど、「人はパンのみにて生きるに
あらず」で、
食えて寝てられれば、
生命活動さえ維持していられれば
いいわけではない。

文化や文明、芸術や文学といった、人生
を豊かにするものが必要なのだ。

だからこそ、僕達は「不要不急」には
抗い続け、
日本で最もコロナを気に
しなかった会社の一つではあったと
思う。
(これもグループ各社大小差は
あれど、全体をまとめると、という話)

コロナ対策に不平不満を唱えながら、
それによる恩恵を受け入れるような
ダブルスタンダードが嫌だったし、
本音と建前を使い分けては生きられ
なかった。

そこに意味があると思ったことは、
やらずにはいられなかった。

だから、
「無理やりにでも
前を、上を向きたくなる会」と称して、
SUMMER MEETINGを続けていたら、
この八月で、もう四年目になる。
すっかりグループの夏の風物詩として、
定着してしまった。
辞めどきが見つからないので、この先
ずっとやると思う。

   

けれど、この意味がある行動も
役にたつ(利益が出ている)状態の会社
がないと、
やってはいられない。

だから、意味のある会社を作りつつ、
もちろん、利益も出して行く必要が
ある。

具体的には、
神宮前、六本木チームの
111人で、5~7年で年商400~500億に
向けて動くつもりだ。

そしてその売上と利益の中から、
詳細の説明は控えるが、一人一人順番
に、経済的自由人にする仕組みを
用意している。
ある程度の勤続年数は必要になるが、
平均離職率1〜2%のこのグループに
おいては、
そんなに難しい基準では
ないと思っている。
むしろ、今後少し健全な新陳代謝を促す
という意味で、離職率は若干上がった
ほうがいいと思っているくらいだ。
(離職率5%程度を目指します、と
標榜しようかと思ったくらいだ)

これもなぜかというと、
経済的自由人だけの会社にして
ハッピーエンドを迎えたいからだ。

     

7.

二次創業をより良いものにするために、
現在地と目的地を明確にしておこう
と思う。

マズローの欲求5段階説というものが
ある

1.の生理的欲求は
食いたい、寝たいといった状態で、
生きてりゃ上等、というレベルなので、
 法人で言うと、
会社がとりあえずある、
というレベル。

2.の安全欲求は
快適な家、健康、と言った
状態なので、
 法人でいうと、快適なオフィスや、
黒字経営で、会社が潰れない、
というレベル。

3.の社会的欲求になると、
仲間、集団といった形になるので、
精神的欲求となる。 
 法人でいうと、グループ法人や
経団連あたりがこれに相当させられる。

4.の尊厳(承認)欲求は
認められて尊敬されたい、
という形なので、 
 法人で言うとブランド企業に
なりたいと言っている状態。

5.の自己実現欲求になると、
自分の可能性を引き出し
クリエイティブに満たされたい
状態なので、
 法人でいうと、グループとして
あるべき姿にビジョナリーに向かい、
実現する、成長欲求の段階。

6.自己超越は ミッションの部分で、
個人や法人を超えて、
社会的なミッションの達成であろう。

INSTYLE GROUPは
5や6を目指していくので、

1、個人的に経済的自由人になった僕が、

2、会社に長期的安定を与え
(経済的自由法人になり、家賃と人件費が
投資収益のみで賄えるようになり)

3、社員全員に長期的安定を獲得させ
(全員経済的自由人になるために
仕組みを作っている)

4、その原資の獲得のために111人で
年商400億を達成し、

5、社会的意義を果たし、制定した
ビジョンの達成とそこに同意する
長い社歴の社員を優遇し、
一人ずつ順番に経済的に自立させ

6、最終的に200人程度で
年商1000億円/利益100億を上げる会社
にし、様々な面で社格を上げる。

その頃には時価総額1221億
=1人当たり時価総額11億の会社に
なっている予定だ。

 

「社員全員が経済的自由人になった
状態で、それでも好き好んで働く会社」
という作品を目指している。

「原初の衝動」をなくした僕が、
自ら
インスタイルの名を冠する会社を
作って、
みんなを一つにまとめた
理由が、
この経済的に自由で幸せな
状態にみんなを到達させたい、
みんなで遠くに行きたい、
と思ったからで、それはつまり、
僕がいつ死んでもいい状態に
なることが、目的地となっている。

   

  8.

七転八倒しながらビジョンを制定した
おかげで、ミッションは思えば
簡単に制定できた。
ミッションは社会課題に直結していて、
長期的で、
ビジョンが実現することで
ある程度叶うものとして
定義されるからだ。

元々、正義は勝つし、
良い奴は報われる社会にする
(ためにもまずはそういう会社でいたい)
と思って、
行動を重ねてきたし、
会社経営をしてきたつもりだ。
だからビジョンは
ハッピーエンドにしたし、その他の
要素はビジョンの章で論じた通りだ。

そのビジョンが実現することで
解決する社会課題としては、
会社と社会を交互に見渡せば、課題と、
多少なりとも貢献出来そうな
ポイントは、
起業率の低さや
女性の社会参画やインクルージョンの
促進が未熟な状態にあること、貧困、
などが挙げられる。
だから、ミッションは
起業率の向上や女性の社会進出の促進、
インクルージョンの促進や、貧困の解決
あたりになるんであろう。

頭のおかしいユニークな自由で
幸せな会社を通じて社会貢献していく。
でもいい。大して変わらない。

尊敬できる仲間と
夢中になれる仕事をしたいだけだ。
仲が良くて、儲かっていてて、社員が
成長できる、社会的な存在意義のある、
影響力のある会社がいいだけだ。

目の前の小さな事、
目の前に居る一人の人に向かい、
大切にすることで
その先の大きな事、
たくさんの人を幸せにする
世界にプラスの
インパクトを残す会社がいい。

理想を追い求めて生きてきたから、
いくらでも言える。

芸能事務所の
コンサルティング先から来た社員、
アパレルの、不動産の、化粧品の、、、
かなりの確率で
コンサルティング先の社員が
今も一緒にいる理由は、
面接・面談時に、「一生面倒を見る」と
言ったことを約束として守っているのと
もう一つ、
どこかで彼ら彼女らが正しいことを、
かつての社長や
世界に証明したいからだ。

良いやつには報われて欲しいし、
途中で嫌な目になったとしても、
最終的にはハッピーエンドで
いて欲しいのだ。

今更、僕の正しさや
価値なんて証明しなくていいから、
彼ら彼女らが正しいと証明したかった。

ただ、そこには
彼ら彼女ら自身の助けが必要だった。

ケネディの
「国があなたのために何をしてくれるか
ではなく、
あなたが国のために
何ができるかを考えようでは
ありませんか。」
の国の部分を
会社やチームに置き換えてくれたら、
だいたい言いたいことは伝わると思う。

経済的自由人だらけの、頭のおかしい
世界にも類を見ない会社で、
自責の枠組みが許す範囲内で、
好きなように生きるのだ。

9.

零どころか、マイナスから始まった、
インスタイルというストーリーの
なかで、
それでも妥協せずに今まで
大切にしてきたスタイルがある。

それは、
好きなやつと好きなように過ごしたい。
という子供じみた考えだ。

大人になってから、家族以外で、友達と
毎日ずっと一緒に居ると聞いたら、
例え親友でも驚くだろうけれど、
好きな奴と遊ぶように、自然に、
ずっと一緒にいようと思ったら、
仕事するか趣味が合うかしか
ないんじゃないかなと思っていた。

だから、「仕事という名の
手段が目的化した趣味」を通じて、
グループ一同、家族のように大事に
(「家族」がどのくらい大切か、どの
くらい嫌いかは個人に任せています)、
自然な形で一緒にいたいと思っていた。

とはいえ、
それだけだと個人的すぎるので、
利益を追求する社会的団体
=会社としては、

好奇心と愛情から来る起業を通じて、
新しい可能性を世界に提示することで、
社会に貢献し売上と利益を確保する
ことで、
納税や雇用を通じて社会に
貢献することで、
なんとか社会性を
保つ努力をしているのだ。

家族の笑顔を守るために頑張るって
聞いたら良いお父さん、お母さん、
のように聞こえるけれど、
家族のように大切に思ってる社員や
社長達の笑顔の為に頑張るのはなぜ
ダメなのかしら?
と思ってしまうから、

親父ヅラして、自主性を奪ったり、
守ってやってるって家長ヅラで勘違い
することなく、
対等な商取引として、
一生懸命給与を出すから、
一生懸命働いてもらう、
という関係の中で許される範囲で、
守り守られ、頼り頼られ、好きなやつと
好きなように過ごして行けたらいいな
と思っている。

   

けど、この好きに過ごす、を
変に勘違いされると、
お互いに好きに過ごせなくなるからこそ
明確にしているのが、
INSTYLE GROUPにおいては、
責任の取れる範囲が自由の範囲だ、
ということで、
自由でいたいメンバーが、
自由でいたい分だけ、責任の範囲を
広げていければいいのだと思う。
僕は出来る限り自由でいたいので、
出来る限り責任は取るつもりだ、
これからも。

普段から、

  素直な思考停止しない、いい奴が、
主体性・積極性・自主性を発揮して、
行動、アウトプットを増やし、
フィードバックを正しく受け入れ、
良質なコミュニケーションの元、
成長・達成・獲得のサイクルを
回していく会社。
経営者マインドや当事者意識を持って、
一生懸命働いて、結果を出す組織。
なのにホワイトで休みが多くて
給与・待遇がいい。
みんなが楽しそうに、
仲良く助け合いながら働いて、
結果出してる会社。

を目指していると言い続けているのも
そのせいだ。

でも、どれだけ言葉を尽くしても、
正しく理解はされないだろう。
異端であることは自覚している。
だからこそ、僕らはここにいる。

僕らは一般的に
理解されやすい文脈を生きない。
僕らは時代や世代を代表せず、
好きなところで
新しいものを勝手に創る。

これらの、ごくごく私的なことを
繰り返していった結果、
物心両面において
豊かで幸せな社員と会社を増やす事で、
社会はより良くなると思うから、
まずは小さなところから、自分から、
家庭から、会社から、グループから、
妥協せず理想を追求して、
僕らは今日も、

好きなやつと好きなように仕事をする
のだ。

10.

九段下のファンド会社の、
窓のない小さな部屋に、
机をたった二つ間借りした形で
生まれたインスタイルが、
まさかこんな風になるとは、
文字通り夢にも思わなかった。

思えば遠くに来たもんだな、
とグランドタワーの最上階から、
みんなと一緒に眼下に広がる景色を
見渡しながら一人心地する。

10年前、
後々に「これからは
Instagramが来るってわかっていた」
と証拠として振りかざす為だけに
作ったアカウントから投稿した、
やはり僕が内装デザインした、
当時のクライアント企業の高層階
からの眺めを思い出す。

あの時も僕は、
天使の梯子と呼ばれる、
雲からもれる日差しを見ながら、
苦しかった日々が、少しだけ
報われたことに対して、込み上げてくる
沢山の感情と共に、
それでも自戒と自粛の念を込め、
宮沢賢治の告別という詩を
口にしていた。

 

おまへのバスの三連音が
どんなぐあひに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた

もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って
自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くて
そしてかゞやく天の仕事もするだらう

泰西著名の楽人たちが
幼齢弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに
おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
 竹でつくった管とをとった

けれどもいまごろ
ちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人も
またどのひとも
五年のあひだにそれを大抵無くすのだ

生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ

云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
そのあとで
おまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子と
その明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない

なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ

もしもおまへが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりで
あの石原の草を刈る
そのさびしさで
おまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ

もしも楽器がなかったら
いゝか
おまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

11.

イヴォン・シュイナードは
「社員をサーフィンにいかせよう」
でこう語る。

_起業家精神について
お気に入りの言葉がある
「それがなんたるかを理解したければ、非行少年に学べ」だ。
彼らは「こんなのはバカげている。
俺は俺の好きにする」と行動で語る。
なりたくもなかった稼業に
つくのだから、なにか、なるべき
理由が必要だろう。
真剣に取り組むようになっても
変えたくないことがひとつあった。
毎日、楽しく仕事をする、という点だ。 
階段を
1段飛ばしで駆け上がってしまうほど
わくわくしながら出社できる
ようでなければならないし、
思い思いの服を着た仲間に
囲まれて仕事をしたい。
はだしのやつがいてもいい。
仕事時間は柔軟でなければならない。
いい波が来たら
サーフィンに行きたいし、
パウダースノーが降れば
スキーに行きたいし、
子どもが体調を崩したら
家で看病してあげたいからだ。
仕事と遊びと家族の境目は
あいまいにしておきたい。

_大きく成長しても、さまざまな面で
パタゴニアのカルチャーは
保つことができた。
みな、わくわくしながら
出社していたし、思い思いの服を着た
仲間に囲まれて仕事をしていた。
昼休みには、ジョギングをしたり
サーフィンをしたり、
あるいは、会社裏手の砂場で
バレーボールをしたりした。
会社主催のスキー旅行や
山行もあったし、気のあう仲間で
金曜夜にシエラネバダ山脈へ行き、
月曜朝、へとへとだけどリフレッシュ
して仕事に戻ってくるなんてことも
日常茶飯事だった。

_最優先とはしないが、
企業活動においては利益を追求する。
ただし、成長および拡大は
当社の本質的価値に含まれない。

_理念を教えた結果、
カミ博士の問いに対する回答も得た。
商売を始めて35年、
ようやく、なぜこんなことを
しているのかがわかった。
環境活動に寄付をしたいという
気持ちにうそはない。
だがそれ以上に、私は、
パタゴニアでモデルを確立したかった。
我々のピトンやアイスアックスが
他メーカーのお手本となったように、
環境経営や持続可能性について
考えようとする企業がお手本にできる
モデルを確立したかった。
理念の講義をした結果、私は、
自分が事業家になった原点を
思いだすことができた。
自分が使っているウェアや道具の
改良案を
たくさん抱えて山から戻って
きていた日々を思いだしたのだ。
パタゴニアという企業が
高い品質とオーソドックスなデザインの
追求を中心として
歩んできたことにも改めて気づいた。
シャツでもジャケットでもパンツでも、
我々が作る製品の機能は、
なくてはならないものばかりなのだ。

 

全くもって同意見だ。

時間に縛られず、大切なものを
大切にしながら働いて欲しいし、
大きく成長しても
カルチャーを失わずにいたい。
利益を追求するが、最優先せず、
INSTYLE GROUPというモデル、
スタイルを確立したい。

イヴォンは今84歳、僕は42歳、
彼のちょうど半分の年齢まできた。
言い換えれば、僕に今までの人生と
同じだけの時間が経ったら、
僕もイヴォンと同じ歳になる。
あと42年後に、もちろん、
みんなと分かち合ったあとに、
84歳のジジイになった僕が、
イヴォンにとっての地球環境の
ようなものを見つけていて、
(結局は地球環境かもしれないが)
4000億円やらの多額の寄付をする
ことでスッキリしていたら、
ハッピーエンドだなと思えるんじゃ
ないかな、と思う。

今すぐに終わらない理由、
働いている理由は、一番は楽しいから、
やりたいからだが、
次に来る理由は
「子供達が一人前になるまでは」
と言って働いている親父みたいな
テンションと責任感だから、
全員を一人前の幸せな経済的自由人
というオプションのついた大人に
する手伝いが終わったら、
引退しても
いいかもしれないな、と思う。

それでも結局、
好き好んで働いていそうだけど。
それは一度ゲームクリアしてからの
やり込み要素のようなものだ。
僕だけの状況を考えたら、
少し、今の状態に近い。

やりたきゃ、やればいい。
やりたくなければ、やめればいいのだ。

逆に、今すぐに終わったら、
なんだか色々と尻切れトンボ
というか、無責任に感じる。
好き勝手、やりたい放題やって、
なんだかよくわからない感じに
主要登場人物達を残して、
連載が終わる感じというか、端的に
言って「オチがつかないな」と思う。

多くの物語は、ラストに金銀財宝を
手にして、めでたしめでたし、
のハッピーエンドで
最終的に苦労や努力が報われて、
締め括られるのだ。
何度もいうが、僕は、
良い奴には報われて欲しいのだ。

みんな幸せでいて欲しいな、と願う。

それは、
いつでもどこでも、甘い、ぬるい、
いい目にあっていて欲しい
ということではなく、
艱難辛苦を乗り越えてでも、達成して
獲得したいものを獲得できるまで、
その達成に至るまで、
待てたり、成長を促せたりする
自分でありたい、そういう類の話だ。

不必要に理不尽な辛い目に遭う
必要はないと思っているが、
辛い目に遭う必要はないと
思っているわけではない。
その甲斐があってほしいだけだ。

非効率なトレーニングを推奨して
スキルの習得を遅らせたいわけ
じゃないが、
効率的な修行を
させたいわけでもないのだ。
そもそも、効率的な修行
なんてものは本来ないのだ。
効率的に滝に打たれる方法を
教える奴がいたら、そいつこそバカだ。
本当に効率的な行いをしようと
思ったら、滝に打たれない、
が正解だ。

ただ、只管打坐とまでは言わないが、
自分が今持っていないセンスを獲得した
かったら、
ある程度の理不尽には
耐えなければならない。
その時の自分に理解できないから
理不尽だと思うこともあるのだ。

だが、人は大抵の場合、
Connecting the dots じゃないが、
自分にとって何が
「自分の人生に必要な不幸」で、
何が「不必要な苦しみ」なのか、
その
渦中にいる時にはわからないものだ。

僕だってそうだった。

それでも、
「筋を通して真っ当にやってりゃ、
最終的には良いことあるぜ」とか、
「あの時折れなかったから、今がある」
とか、
「途中はそりゃあ色々あったけど、
結果的にハッピーエンドだった」と、
笑顔で終わりを迎えられるような、
爽やかな読後感を得られるような、
そんな「ストーリーの山場」のように
艱難辛苦を語れるかは、
その艱難辛苦の渦中で折れないこと、
終わらないこと、
最終的に何をどう得て、
どう報われたか、
ハッピーエンドだったか、に
起因すると思うのだ。

だから、この会社のストーリーも、
エンディングから逆算した。
僕は通常の創作でも、
ハッピーエンドが好きなのだ。
出オチで申し訳ないが、
このストーリーの結末は決めている。

僕は、みんなに向けて、
世界一の金持ち会社
(売上や利益が最大の会社)、つまり、
世界一「役に立つ」会社は作れない。
頑張ったとして、あと数億、数十億、
数百億、数千億、桁はわからないが、
僕が人生をかけても、そのくらいを
積み上げられるかどうかだ。
そんなもの、それこそ意味はない。
所詮金だ。金なんて銀行に行けば
いくらでもある。

でも、
世界一頭のおかしい、
クールにブッ飛んだ、クレイジーな、
イケてる会社、つまり、
世界一「意味のある」会社なら
作れるかもしれない。
少なくとも、「一緒に関わってくれる
誰かにとっては世界一意味のある会社」
にはできると思うのだ。


それが、こんなに頭のおかしい人間に
ついてきてくれた、
みんなに返せる、
唯一のものじゃないかと思うのだ。
終わりよければ全てよし、ではないが、
「このためにみんなで
頑張ってきたんだよな」と言える
ようにはしてやりたい。

これからまた、
苦しい事があるかもしれない。
起き上がれない朝、立ち上がれない昼、
眠れない夜。
それら全てに寄り添って助けたい、
そうは思わない。
失敗も成功も、喜びも悲しみも、血も
汗も涙も全て、それぞれだけの物語だ。

それでも、それぞれの物語の、
最後のページをめくる時、
エンドロールが流れる時、

ああ、いい物語だったな、
ハッピーエンドだったな、
苦労の甲斐があったな、

それぞれに、
そういって笑っていて欲しいのだ。

それが、

僕がこの会社をはじめる理由であり、
この会社を終わらせる理由なのだ。

INSTYLE GROUP
西村豪庸

 2022.04.01
ヴィジョンとかミッション、バリューってそんなに必要なの?
「ヒデさん、HP作るから
ヴィジョン考えて下さいよ」

ちゃんとしたHPもなかった4年前に、
そう言われて
無理矢理作ったヴィジョンは
その後、まんまと僕を
随所で困らせることになりました。

「こういう人でしょ」
って言われる、思われるのが
嫌だったってあれだけ書いたのに、
「111人の社長と1000億円企業を
作りたい人だ」
と言われる、
思われることが多くなったためです。

いや、ちげえんだよ、
別にそんな拘ってねえし、
今のまんまでも、
ちっさくなってもおっきくなっても
みんなが幸せだったら
それでいいんだって。

あー、めんどくせえなあ。

どっかに
ヴィジョンの無い自由と
責任に耐えうる大人
ヴィジョンなんてなくても
毎日幸せに一所懸命に頑張れる大人

っていねえのかな。

もういいや、新しいヴィジョンこれね。
「ヴィジョンのない自由を恐れない、
ヴィジョンの要らないチームでいる」

こんなしょうもないことを
公の場で言う人間が代表のグループです。

でも、そこには、
そんなしょうもない人間でもいい、
そんな人間がいい、
と言ってくれている
メンバーがいます。

そして、
「社長という名の同僚がいます」

だから、経営者の孤独を感じません。
そんな「特殊な事情」が「普通」な、
変な会社でグループ、それが
INSTYLE GROUPです。

「仕事が趣味です」
趣味だからヴィジョンとか
ミッションとかバリューとか、
大層なこと言いません。

「本業は何ですか?」
聞かれても困ります。
趣味だから。

趣味なんて、
手段が目的化したものです。
ドライブが趣味な人は
ドライブが好きなんです。
移動が目的じゃありません。
キャンプが趣味の人の目的は
キャンプすることで、
宿泊が目的じゃありません。

同じように、何をするかじゃなくて、
誰とするかだから、
「一緒にいて楽しい」
チーム・ファミリー・メンバーと、
そのこと自体を楽しみながら、
何が出来るかな?って
なんとなく考えながら、
仕事をしています。

趣味だから、強制したり、
ガチガチのルールをあまり
敷きたくないんです。
でも、物事を楽しめるための、
スムーズにするための、
ルール、
マナーはきちんと遵守したいし、
させたいんです。

昔、「趣味は苦しくて良いんだ、
趣味なんだから。
マラソンも山登りもキャンプも、
俺は趣味だから苦しくてもやれてる。
あれが仕事だったら
よっぽどの高給じゃなきゃやらない。
逆に仕事は楽しくなきゃいけない、
仕事なんだから、楽しくなけりゃ、
嫌になっちまう」
って教えてくれた
先輩が居ました。

今でも、この言葉は好きなんで、
大事にしています。
だから、
ウチのメンバーで、「仕事」
って思ってる度合いが強いやつは、
せめて楽しくいて欲しいなと思います。
僕は仕事は「趣味」だから、
苦しくてもいいや、
って思ってしまうけど。

こう書くと、また今度は
楽しければそれで良い、
なぁなぁで良いと思われるから、
もう少し付け加えるけど、
結果は大事にするんですよ。

けど、それだけじゃない。
僕はそっち(結果)の方を
はるかに大事にするけど、
プロセスを無視するわけではないよ、
って話で。
プロセスを大切に思う、
第一にするメンバーが居ても、
もちろん良いんです。

例えばゴルフに行くとして、
アマチュア(趣味)でも
プロ(仕事)でも、
スコアはつけますよね、基本的には。

スコア付けないと、
上手くなったか下手になったか
わかんないし、勝ち負けわかんないし。

優先順位が、
価値観の順番が、変わるんだよ
って話をしたいんですよね。

アマチュア(趣味)のゴルフで、
「マリガンでー」とか、
「3mくらいあるけど、そのパット
OKでーす」とか、「6インチOKです」
とかは結局、
「1打の重み」とかよりも、
「その日のゴルフ」を楽しいレジャー
として楽しむ事が出来たらいいんだ
ろうし、
その日のメンバーがみんな
同じ様なルールとマナーで楽しめ
たらそれで良いんでしょう、って事で、
そっちを優先してるんですよね。

けれど、
プロ(仕事)のゴルフに、
マリガンもOKパットも6インチOKも
クソも無いですよね。
「1打の重み」が違うから。

だから、
よく聞く
「ゴルフはルールの第一項目に
マナーが書いてある」ってやつは、
「あくまでアマチュアは」
が枕詞に付くんですよね。

プロでもアマでも、仕事でも趣味でも、
数字は付けるし追うんですよ。
その真剣さが人によって違うだけで、
優先順位が人によって、
プロかアマかによって違うだけで。

だから、
プロは結果出すことが第一だから、
プロのルールブックの第一項目は、
マナーじゃないんですよ。
あと、そもそもプロになるくらいだから
そこは出来てて当たり前のところから
来てるだろうし。

つまり、
仕事を「趣味」として、
苦しくても楽しめる奴は、
自分でそうしたらいいし、
結果を追えば良いと思ってます。
仕事を「仕事」として捉えてる奴は、
素直に、上級者やプロが、
楽しめるように導いてくれるのに
乗れば良いんだと思います。
で、結果が出るようになったら
より楽しくなって、
真剣になったりするじゃないですか。

「結局、結果を出せ
って言ってる」んじゃなくて、
結局楽しめって言ってるんです。

それ(楽しむ事)に必要だから
数字(スコア)は付けるし、
追うんです。

今回はゴルフで例えたけど、
大体の事って、まずお試し、
お遊びから始まって、
ハマったらより楽しくなって、
より真剣になりますよね。
どんな分野でも、その道の
本当のプロって、
お遊び、お試しの
新規ユーザーを優しく楽しめるように、
ハマれるように導くし、
そうやって
入ってきた新規ユーザーって、
同じように次の新規ユーザーを
優しく導きますよね。

その繰り返しで、
一定量の人がプロになり、
一定量の人がアマとして楽しんで、
マーケットが広がっていくんだと
思います。
もちろん、プロが、
その業界全体が、大切にしていることを
蔑ろにするような、
不誠実なプレーヤーに
優しくしろとは言ってないけど。

僕はプロとして、この趣味である
「仕事」というレジャーに、
毎年たくさんのメンバーが増えて、
マーケットが拡大している事を
嬉しく思っています。

プロや、プロ志望者には結果を第一に、
真剣に楽しく、結果を出させられる
トッププロ、コーチで居たいし、
アマチュアには出来る限り楽しめて、
結果ハマれて、成長出来る事を第一に、
この「仕事」というマーケット、
趣味が、広がっていけるよう、
優しく導けるプロでありたいと
思っています。

そうやって
少しずつ拡大してきたグループです。
これからもそうしていくと思います。

今僕らは、
このチームでいることを
大切にしながら、しっかりと
各自を尊重しながら、
それぞれの強みを活かして、
でも結果にこだわり、
楽しくやれていると思っています。

5年後も10年後も、こうだったらいいな。

2022年4月1日

 2018.04.01
「ヒデさんって、『何してる
のか分かんない人』ですね」
外部の方から言われるなら
まだしも、
ファミリーと呼び、
文字通り家族の様に接している
社員や、
家族からも、よくそんな
ことを言われますが、まあ
無理もありません

何者かになろうとして、何者にもなれず
だからと言って何かを諦められるほど
潔くも強くもなかった私が
選択したのは、
「鶏口となるも牛後となるなかれ」
だったのではないかと今では思います

例えば「飲食業の人」と言われて
飲食業界でNo.1を取れていないことを
悟られるのが嫌で
「飲食業」だけではない振りをしたり
「コンサルタントの人」と言われても、
コンサルティング業界で何かが突出して
いたわけでもないので、
実業を行なっていることが価値のように
振舞ってみたりもしました

結局のところ、オンリーワンにも
ナンバーワンにもなれなかったので、
「○○業界の中で○番目」
になるくらいなら、
「何してるのか分かんない人」
でいようとしていました

そんなスタートから、気が付けば
20年以上が経ち
「そんな私でもいい、
そんな私と仕事がしたい」と言って
くれる仲間が、1人、2人と
増えていった結果、

インスタイルグループは
「何してるのか分かんないグループ」
になりました

最近になって、インスタイルグループの
ミッションやヴィジョン、バリューを
整理したのですが、ヴィジョンは、

「111人の好き勝手に人生を楽しむ
社長を作り、グループ社員数1千人、
年商1千億円のグループを作る」

になりました

私には世界を変える様なインパクトの
あるプロダクトやサービスを
生み出す力も、能力もありませんし、
特別世界を変えたいとも思わない
のですが、
この国の99%以上を占める
中小企業やベンチャー企業のあり方に、
寸毫でもプラスになれるとしたら、
やはり中小企業・ベンチャーの集合体
として、楽しく、幸せに働いている集団
でありたいと思ったのです

私は自分らしく、自由でいたいし、
少なくとも周りの人間にも
そうあって欲しい

起業家として、
はじめの10年を飲食人として過ごし、
次の10年はコンサルタントとして
過ごしてきた結果、
今のインスタイルグループは、
経営コンサルティング、投資、不動産、
建築、飲食、アパレル、
エンターテイメント、IT、デザイン、
コンテンツ、美容、通信、
などといった、節操の無い企業体に
なりました

それこそ、いよいよ何の会社か
分からないと思うことでしょう
しかし、私は、
これでいいと思っているのです

なぜか?

それは「自分らしく自由で幸せでいる」
仕事や会社は、
そのための手段でしかないことに
本当の意味で気付いたからです

これまでは
「自分らしく自由で幸せにいるには、
飲食業とコンサルティングしかない」

と思っていました。

今ではそれが、自分次第、社長次第、
社員次第だと思っているので、
インスタイルらしさを損なわなければ、
どんな事業会社でも
インスタイルグループへの参加を
歓迎しています

起業家として、
はじめの10年を飲食業界で過ごし、
次の10年をコンサルティング業界で
過ごした私の、
次の10年はおそらく、
インスタイルグループのトップとして、
業種業態を問わず
「どうすれば
グループの社員や社長が、自分らしく
自由で幸せに、仲間と楽しく
やっていけるのか」

をグループ全員で
追求していく10年になると思います

働き方改革、IoT、AIシフト、
シンギュラリティ、
世界は刻一刻と
変化、進化し、私達は常にそれに対する
変化、進化を求められます

次の10年間がどの様に変化していく
のか、それは誰にもわかりませんが、
グループのファミリーすべてが、
自分らしく自由で幸せに、仲間と楽しく
やっていけるために必要な、
変化と進化を続けていくことと思います

10年後、また同じ様に振り返る時には、
111人の社長達と、1000人のファミリー
で、振り返ることができるよう、
今日も
グループ一同、ベストを尽くします

2018年4月1日